2020年6月に、パワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)が施行されました。パワハラ防止法では、職場におけるパワーハラスメントの基準が定められ、事業主に対してパワーハラスメントの具体的な防止措置を義務付けています。
パワハラ防止法は、これまで大企業のみを義務の対象としていましたが、2022年4月より中小企業に対しても施行されます。
そこで、この記事では、パワハラ防止法の概要や義務内容、罰則などについて解説します。大企業だけでなく中小企業の経営者の方にとっても必見の内容です。
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パワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)とは
この記事で解説するパワハラ防止法とは、正式名称を「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」(通称:改正労働施策総合推進法)とする法律のことです。以降の文章では便宜上、「改正労働施策総合推進法」を表す際に、「パワハラ防止法」の文言を使用します。
パワハラ防止法は2019年に改正され、2020年6月より大企業に対して先行的に施行されました。なお、パワハラ防止法は、中小事業主に対して、2022年3月31日までを「努力義務期間」としており、2022年4月1日から本格的に施行されます。
パワハラ防止法は、パワハラ防止法の対象に含まれる事業主に対して、職場におけるパワーハラスメントを防止するために、雇用管理上、必要な措置を講じることを義務付けています。
パワハラ防止法の義務内容
パワハラ防止法は、事業主および労働者に対して、責務として以下の事項に努めることを法律上明確化しています。
事業主の責務 |
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労働者の責務 |
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この責務を踏まえて、パワハラ防止法の対象とされる事業主は、以下の措置を必ず講じなければなりません。
- 事業主の方針の明確化及びその周知・啓発
- 相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
- 職場におけるハラスメントへの事後の迅速かつ適切な対応
- 併せて講ずべき措置 (プライバシー保護、不利益取扱いの禁止等)
それぞれの項目について、順番に詳しく解説します。
事業主の方針の明確化及びその周知・啓発
パワハラ防止法の対象とされる事業主は、以下の措置を必ず講じなければなりません。
- 職場におけるパワーハラスメントの内容に加えて、パワーハラスメントを行ってはならない旨の方針を明確化したうえで、労働者に周知・啓発すること
- パワーハラスメントとして認められる行為を行った者について、厳正に対処する旨の方針・対処の内容を就業規則等の文書に規定したうえで、労働者に周知・啓発すること
相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
パワハラ防止法の対象とされる事業主は、以下の措置を必ず講じなければなりません。
- 相談窓口を事前に定めたうえで、労働者に周知すること
- 相談内容や状況に応じて、相談窓口担当者が、適切に対応できるようにすること(パワーハラスメントが現実に生じている場合だけでなく、パワーハラスメントが発生するおそれのあるケースや、パワーハラスメントに該当するかどうか微妙なケースなどについても、広く相談に対応すること
職場におけるハラスメントへの事後の迅速かつ適切な対応
パワハラ防止法の対象とされる事業主は、以下の措置を必ず講じなければなりません。
- ハラスメント行為の事実関係を迅速かつ正確に確認すること
- ハラスメント行為の事実確認ができた場合、速やかにハラスメント行為の被害者に対する配慮のための措置を適正に行うこと
- ハラスメント行為の事実確認ができた場合、ハラスメントの行為者に対する措置を適正に行うこと
- ハラスメント行為の事実確認の有無に関わらず、ハラスメント行為の再発防止に向けた措置を講ずること
併せて講ずべき措置 (プライバシー保護、不利益取扱いの禁止等)
パワハラ防止法の対象とされる事業主は、以下の措置を必ず講じなければなりません。
- 相談者・行為者等のプライバシー(性的指向、性自認、病歴、不妊治療等の機微な個人情報を含む)を保護するために必要な措置を講じたうえで、その旨を労働者に周知すること
- 労働者が職場におけるハラスメントに関し、事業主に対して相談を行ったこと、事実関係の確認等の事業主の雇用管理上講ずべき措置に協力したこと、都道府県労働局に対して相談や紛争解決援助を求めて調停の申請を行ったこと、都道府県労働局からの調停会議への出頭の求めに応じたことを理由に、解雇その他の不利益な取扱いをされない旨を定めたうえで、労働者に周知・啓発すること
パワハラ防止法に罰則はある?
2022年2月現在、パワハラ防止法に、事業主や労働者に対する罰則の規定は設けられていません。ただし、パワハラ防止法には、厚生労働大臣が必要と認めた場合に、事業主に対して、助言、指導、勧告を行うことができ、事業主が勧告に従わない場合は、その事実を公表することができる旨が定められています。
なお、従業員に対するパワーハラスメントが発生していることを知りながら、企業が適切な対応を怠っていると、労働契約法や男女雇用機会均等法などにもとづく「職場環境配慮義務」に違反するおそれがあります。
事業主には、労働契約にもとづいて従業員に対して適切な労働環境を提供する義務がありますが、パワーハラスメントの発生を放置していると、その義務を怠ったとされ、従業員が事業主に対して損害賠償を請求する訴訟を起こす可能性があります。職場環境配慮義務違反は、大企業だけでなく、中小企業も対象に含まれるため注意が必要です。
中小事業主の定義【参考】
2022年4月1日よりパワハラ防止法が施行される中小事業主の定義は、以下のとおりです。
中小事業主(①または②のいずれかを満たすもの) | ||
業種 | ①資本金の額または出資の総額 | ②常時使用する従業員の数 |
小売業 | 5,000万円以下 | 50人以下 |
サービス業(サービス業、医療・福祉等) | 5,000万円以下 | 100人以下 |
卸売業 | 1億円 | 100人以下 |
その他の業種(製造業、建設業、運輸業など、上記以外すべて) | 3億円 | 300人以下 |
パワハラ防止法に関する望ましい取組
本章では、パワハラ防止法に規定される、事業主に対する責務の趣旨を踏まえて、事業主が積極的に行うことが望ましいとされる取組について、以下の3種類に分けて取り上げます。
- 職場におけるパワーハラスメントを防止するための望ましい取組
- 自らの雇用する労働者以外の者に対する言動に関し行うことが望ましい取組
- 他の事業主の雇用する労働者等からのパワーハラスメントや顧客等からの著しい迷惑行為に関し行うことが望ましい取組
それぞれの項目を順番に詳しく解説します。
①職場におけるパワーハラスメントを防止するための望ましい取組
パワハラ防止法の趣旨に鑑みると、事業主は、職場におけるハラスメントを防止するために、以下の取組を行うことが望ましいと考えられています。
- セクハラ、妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント等と一元的に相談に応じることのできる体制の整備
- 職場におけるパワハラの原因や背景となる要因を解消するための取組
- コミュニケーションの活性化や円滑化のための研修等の必要な取組
- 適正な業務目標の設定等の職場環境の改善のための取組
- 必要に応じて、労働者や労働組合等の参画を得つつ、アンケート調査や意見交換等を実施することで、雇用管理上の措置の運用状況の的確な把握や必要な見直しの検討等に努めること
②自らの雇用する労働者以外の者に対する言動に関し行うことが望ましい取組
パワハラ防止法の趣旨に鑑みると、事業主は、自身の雇用する労働者以外の者に対する言動についても、以下の取組を行うことが望ましく、積極的な対応を進めることが推奨されています。
- 職場におけるパワハラを行ってはならない旨の方針の明確化等を行う際に、他の事業主が雇用する労働者、就職活動中の学生等の求職者、労働者以外の者(個人事業主などのフリーランス、インターンシップを行う者、教育実習生等)に対しても同様の方針を併せて示すこと
- 雇用管理上の措置全体も参考にしつつ、適切な相談対応等に努めること
特に事業主が就職活動中の学生に対して行うセクシュアルハラスメント等については、正式な採用活動だけでなく、OB・OG訪問等の場においても問題視されています。この点を踏まえて、事業主としては、以下のような具体策を講じて、セクシュアルハラスメント等の未然の防止に努めることが望ましいです。
- 企業としての責任を自覚し、OB・OG訪問等の際も含めて、セクシュアルハラスメント等は行ってはならないものであり厳正な対応を行う旨などを研修等の実施により社員に対して周知徹底すること
- OB・OG訪問等を含めて、学生と接する際のルールを事前に定めること
③他の事業主の雇用する労働者等からのパワーハラスメントや顧客等からの著しい迷惑行為に関し行うことが望ましい取組
パワハラ防止法の趣旨に鑑みると、事業主は、取引先等の他の事業主が雇用する労働者又は他の事業主(その者が法人である場合にあっては、その役員)からのパワーハラスメントや顧客等からの著しい迷惑行為(例:暴行、脅迫、ひどい暴言、著しく不当な要求)により、その雇用する労働者が就業環境を害されることのないよう、雇用管理上の配慮として、例えば、以下のような取組を行うことが望ましいとされています。
- 相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
- 被害者への配慮を目的とする取組(メンタルヘルス不調への相談対応、行為者に対して1人で対応させない等)
- 被害の防止を目的とする取組(マニュアル作成や研修の実施等、業種・業態等の状況に応じた取組)
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パワハラ防止法におけるパワーハラスメントの定義・境界線
2019年に改正されたパワハラ防止法では、職場におけるパワーハラスメントについて、事業主に防止措置を講じることを義務付けています。本章では、パワハラ防止法における「職場におけるパワーハラスメント」の定義を中心に解説します。
パワーハラスメントの定義
パワハラ防止法における「職場におけるパワーハラスメント」とは、「職場において行われる、優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、労働者の就業環境が害される」ものであると定義されています。
「職場におけるパワーハラスメント」を構成する3つの要素 | 各要素の概要 |
①優越的な関係を背景とした言動 | 事業主の業務を遂行するに当たって、その言動を受ける労働者が行為者に対して、抵抗または拒絶することができない蓋然性が高い関係を背景として行われるもの
(代表例)
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②業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動 | 社会通念に照らし、その言動が明らかに当該事業主の業務上必要性がない、またはその態様が相当でないもの
(代表例)
|
③労働者の就業環境が害される | その言動により労働者が身体的または精神的に苦痛を与えられ、労働者の就業環境が不快なものとなったために、能力の発揮に重大な悪影響が生じるなど、労働者が就業するうえで看過できない程度の支障が生じること
(上記の判断に当たっては、「平均的な労働者の感じ方」、つまり、同様の状況で当該言動を受けた場合に、社会一般の労働者が、就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動であるかどうかを基準とすることが適当です) |
以上のことから、客観的に見たときに、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、パワーハラスメントには該当しません。
個別の事案について、パワーハラスメントの該当性を判断するに当たっては、当該事案におけるさまざまな要素(例:当該言動の目的、当該言動が行われた経緯や状況、業種・業態、業務の内容・性質、当該言動の態様・頻度・継続性、労働者の属性や心身の状況、行為者の関係性、当該言動により労働者が受ける身体的又は精神的な苦痛の程度等)を総合的に考慮して判断することが必要です。
職場と労働者の定義
パワハラ防止法における「職場におけるパワーハラスメント」の「職場」とは、「事業主が雇用する労働者が業務を遂行する場所」であると定義されています。
この「職場におけるパワーハラスメント」の「職場」には、労働者が通常就業している場所だけでなく、勤務時間外の懇親の場、社員寮、通勤中など、実質上職務の延長と考えられるものも含まれます。ただし、「職場におけるパワーハラスメント」の「職場」に該当するかどうか判断を行う際は、職務との関連性、参加者、参加や対応が強制的か任意かといったことなどを考慮したうえで個別に行う必要があります。
次に、「職場におけるパワーハラスメント」を構成する要素の1つである「労働者の就業環境が害される」における「労働者」とは、正規雇用労働者だけでなく、「パートタイム労働者、契約社員などのいわゆる非正規雇用労働者を含む、事業主が雇用するすべての労働者」であると定義されています。
なお、事業主は、派遣労働者について、派遣元事業主だけでなく、労働者派遣の役務の提供を受ける者(派遣先事業主)も、自ら雇用する労働者と同様に、パワハラ防止法が規定する措置を講じなければなりません。
パワーハラスメントの分類
パワハラ防止法における「職場におけるパワーハラスメント」に該当すると考えられる代表的な言動の類型は、以下のとおりです。
「職場におけるパワーハラスメント」に該当すると考えられる代表的な言動の類型 | 「職場におけるパワーハラスメント」に該当すると考えられる言動の例 |
身体的な攻撃(暴行および傷害) |
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精神的な攻撃(脅迫、名誉棄損、侮辱、ひどい暴言) |
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人間関係からの切り離し(隔離、仲間外し、無視) |
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過大な要求(業務上明らかに不要なことや
遂行不可能なことの強制、仕事の妨害) |
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過小な要求(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じること、仕事を与えないこと) |
|
個の侵害(私的なことに過度に立ち入る
こと) |
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パワーハラスメントの境界線
上記に対して、パワハラ防止法における「職場におけるパワーハラスメント」に該当しないと考えられる言動の代表例は、以下のとおりです。
「職場におけるパワーハラスメント」に該当すると考えられる代表的な言動の類型 | 「職場におけるパワーハラスメント」に該当しないと考えられる言動の例 |
身体的な攻撃 |
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精神的な攻撃 |
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人間関係からの切り離し |
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過大な要求 |
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過小な要求 |
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個の侵害 |
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日本におけるパワーハラスメントの現状
東京海上日動リスクコンサルティングが全国の従業員30人以上の企業・団体に対して行ったアンケート調査(令和2年10月実施)によると、パワーハラスメントについて過去3年間に相談があったと回答した企業・団体の割合は48.2%でした。
また、東京海上日動リスクコンサルティングが過去3年間にハラスメントに該当する事案があった企業に対して行ったアンケート調査(令和2年10月実施)によると、パワーハラスメントに該当する事案の内容としては、「精神的な攻撃」(74.5%)が最も多い結果となっています。
加えて、東京海上日動リスクコンサルティングが全国の20~64歳の男女労働者8,000人に対して行ったアンケート調査(令和2年10月実施)によると、パワーハラスメントを一度以上経験した人の割合は31.4%に及んでいます。なお、東京海上日動リスクコンサルティングの行った本調査では、過去3年間にパワーハラスメントを受けた経験のある人の割合は、男性(33.3%)の方が女性(29.1%)と比べて高いこともわかりました。
参考:東京海上日動リスクコンサルティング「令和2年度 厚生労働省委託事業 職場のハラスメントに関する実態調査報告書(概要版)」令和3年3月
パワーハラスメント対策の重要性
一般的に、会社内で発生したパラーハラスメントを放置しておくと、企業および事業主に対して以下のようなリスクが生じます。
- 従業員のモチベーションが低下するおそれ
- 従業員の離職が発生するおそれ
- その企業の評判が低下する、売上が低下するおそれ
- その企業に優秀な人材が集まらなくなるおそれ
- 事業主に対して、従業員側から損害賠償を請求されるおそれ
このように、会社および事業主に対して多大なリスクが生じることから、事業主としては、職場でのパワーハラスメントを未然に防ぐ措置や、職場で発生したパワーハラスメントを放置しないための措置を講じるべきだといえます。
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まとめ
パワハラ防止法とは、正式名称を「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」(通称:改正労働施策総合推進法)とする法律のことです。
パワハラ防止法は2019年に改正され、2020年6月より大企業に対して先行的に施行されました。また、パワハラ防止法は、中小事業主に対して、2022年3月31日までを「努力義務期間」としており、2022年4月1日から本格的に施行されます。
パワハラ防止法は、事業主に対して、以下の措置を講じることを義務付けています。
- 事業主の方針の明確化及びその周知・啓発
- 相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
- 職場におけるハラスメントへの事後の迅速かつ適切な対応
- 併せて講ずべき措置 (プライバシー保護、不利益取扱いの禁止等)
2022年2月現在、パワハラ防止法に罰則の規定は設けられていません。ただし、パワハラ防止法には、厚生労働大臣が必要と認めた場合に、事業主に対して、助言、指導、勧告を行うことができ、事業主が勧告に従わない場合は、その事実を公表することができる旨が定められています。
なお、従業員に対するパワーハラスメントが発生していることを知りながら、事業主が適切な対応を怠っていると、労働契約法や男女雇用機会均等法などにもとづく「職場環境配慮義務」に違反するおそれがあり、従業員が事業主に対して損害賠償を請求する訴訟を起こす可能性があります。
それだけでなく、事業主に対して「従業員の離職が発生する」「企業の評判が低下する」などのリスクが生じることから、事業主としては、職場でのパワーハラスメントを未然に防ぐ措置や、職場で発生したパワーハラスメントを放置しないための措置を講じるべきです。
参考:都道府県労働局 雇用環境・均等部「2020年(令和2年)6月1日から、職場におけるハラスメント防止対策が強化されました!」
参考:厚生労働省「職場におけるパワーハラスメント対策が事業主の義務になりました!」