管理職の従業員から残業代を請求され、未払い賃金について労働審判や訴訟を起こされた時はどのように対応したら良いでしょうか。様々な切り口での反論方法があり、必ずしも請求された全額を支払わなければならないとは限らないケースもあります。この記事では実際の判例も参考に、どのような反論方法があるかご紹介いたします。
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管理職と管理監督者のそれぞれ違いについて
管理職の従業員から残業代を請求された場合、反論可能かどうかは残業代を請求した従業員が管理職なのか管理監督者なのかが1つのポイントとなります。これらは単に呼び名が異なるだけでなく、その性質に明確な違いがあります。
管理職とは
管理職とは企業での部長や課長、飲食店での店長等のように企業内において部署をまとめて指揮を執る役職を指します。そして、これらの管理職の地位に就いている従業員は必ずしも労働基準法上の管理監督者に当てはまるとは限りません。
労働基準法上の判断基準から見て、実際の業務で管理監督者たり得る権限が付与されているかどうか、地位相応の処遇を受けているかどうかで、管理監督者としての性質が認められるかが異なります。管理監督者とはどのような権限がある者を指すのか、以下で解説いたします。
管理監督者とは
管理監督者とは企業での部長や課長、飲食店での店長等のように部署や店舗をまとめて指揮を執る役職に就いており、且つ労働基準法の判断基準から見て管理監督者たり得る権限が付与されていたり、その地位相応の処遇を受けている従業員・役員を指します。
管理監督者の特徴
・事業主の経営への参画や労務管理に関する監督権限がある
・自己や部下の労働時間について裁量権がある
・一般の従業員と比較してその地位相応の賃金上の処遇を受けている
事業主の経営への参画や労務管理に関する監督権限がある
・採用や解雇に関する決定権がある
飲食店の店長や宿泊施設の支配人等、店舗を監督する役職にあり店舗に所属するパート・アルバイト等の人選・選考・解雇に関する実質的な責任と権限がある場合
・人事考課の際に評価権限がある
企業内の部署等において昇給、昇格、賞与等を決定する際に業務成績を評価する等の人事考課に関する実質的な権限が付与されている場合
・店舗内で労働時間の管理権限がある
飲食店や宿泊施設の店舗において、シフト表の作成や時間外労働の命令を行う責任と権限が実質的に認められている場合
自己や部下の労働時間について裁量権がある
・一般従業員と異なり出退勤時刻や所定労働時間の義務付けがされておらず、自己の出退勤についてある程度の自由が認められている場合や、部下のそれについても裁量権が認められる場合
一般の従業員と比較してその地位相応の賃金上の処遇を受けている
・基本給、役職手当等が一般労働者よりも優遇されている
実際の労働時間を勘案した際に、基本給や役職手当等が一般労働者よりも優遇されていて割増賃金の規定が適用されると判断できる場合
・支払われた金額の総額が優遇されている
1年間に支払われた賃金の総額が、当該企業の一般労働者よりも優遇されていることが明らかであり、管理監督者の役職を肯定するに足ると判断される場合
管理職と管理監督者の違い
これまで解説してきた管理職と管理監督者の違いを表でまとめると以下のようになります。
管理職と管理監督者の違い
管理職 | 管理監督者 | |
店長・部長等の役職 | 〇 | 〇 |
採用・解雇の決定権 | × | 〇 |
人事考課の評価権限 | × | 〇 |
店舗内の労働時間の管理権限 | × | 〇 |
自己及び部下の労働時間の裁量権 | × | 〇 |
基本給・手当・賃金の優遇 | × | 〇 |
管理監督者としての要素は全て満たしている必要は無く管理監督者としての要素がある場合はその全て又は一部において管理監督者性が肯定されることとなります。その場合も、争点や管理監督者性の度合いによりどの程度まで管理監督者としての性質を持ち合わせているか異なるため、弁護士等の労務問題に詳しい専門家に意見を聞くと良いでしょう。
またここでポイントとなるのは、社内規定で各種権限が与えられているか否かではなく、実質的な権限の有無が問われます。例えば採用面接の場において、単に面接官としてその場に居合わせているだけで実際には採用の可否について意見できる環境にない場合は、採用の決定権があるとは言い難いでしょう。
また、出退勤時間を裁量に任せている規定がある場合であっても、実際には一般労働者と同様の勤務時間を強いられる環境であれば勤務時間について裁量があるとは言えません。店長や部長・課長等のような単なる管理職であるか、ある程度の権限が付与された管理監督者であるかは、社内規定ではなく実際の労働環境によって労働基準法により判断されるということです。
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残業代請求に対する主な反論方法
まずは従業員から残業代の請求をされた時の主な反論方法をご紹介します。請求した従業員が管理監督者であるか否かに関わらず根拠とすることができる主張であるため、残業代請求をされた時にはまず以下の条件に当てはまるかどうかを確認すると良いでしょう。
残業代請求に対する主な反論方法
・従業員が主張している労働時間が正しくない
・残業を禁止している
・固定残業代として支払い済み
・残業代の消滅時効が完成している
・管理監督者の役職に就いている
それでは、それぞれについて以下で詳しく解説していきます。
従業員が主張している労働時間が正しくない
従業員から残業代を請求された時に検討すべき反論の1つが、従業員が主張している労働時間が正しいかどうかです。請求している残業代が実際の労働時間よりも過大であることが根拠となります。タイムカードの打刻時間や退勤時間の記録が正しい場合でも、業務内容が残業としてふさわしくないと判断できるケースもあります。
例として残業時間中の大部分を独立経営の準備に充てていた場合などは、在籍企業の業務の為に勤務しているとは言えません。実際の勤務時間の他の業務内容についても問いただすことが必要です。
残業を禁止している
2つ目は、会社は残業を禁止しているにも関わらず残業をしていたという反論方法です。この場合は定時に終業できる仕事量ではなかったことを理由に、労働時間分の残業代が請求されることが予想されます。
定時時刻を超えても残務がある場合は上長又は管理職へ引き継ぐよう規定がされている場合、残業禁止命令に反した業務は労働時間に当たらないとするケースもあります。
残業禁止かつ残務がある場合の処理の指示まで規定している場合は、会社の指示によるものではないと反論することができます。ただし、事実上残業を黙認していた場合や残業許可制の方式でありながらも無許可での残業を黙認していた場合は、労働時間として残業代の発生が認められると判断されるので注意してください。
固定残業手当として支払い済みである
3つ目は、固定残業手当・みなし残業手当として残業代が支払い済みであるという反論方法です。残業代未払いとして賃金請求された場合でも、固定残業手当・みなし残業手当として毎月定額を支給していた場合、当該手当分については支払い済みと判断することができます。
ただし、残業手当が名前ばかりの単なる形式的なもので実質的な制度として不十分であると認められる場合は、固定残業手当・みなし残業手当自体が無効と判断されるケースもあります。固定残業代について違法性が指摘されるケースは以下のような例があります。
固定残業代の就業規則が違法となるケース
・月45時間を超える残業代を支給している
・割増賃金支払いの趣旨であることが就業規則に規定されていない
・対象が時間外割増賃金のみか、深夜及び休日割増賃金としての趣旨もあるか就業規則に規定されていない
・固定残業代を上回る割増賃金が発生した場合に超過分を支払うことが就業規則に規定されていない
・給与明細に固定残業代と残業時間が記載されていない
・固定残業代導入により基本給を減額した結果、基本給が最低賃金を下回る
残業代請求対策により固定残業手当の制度を導入する場合には無効と判断されないよう、就業規則や制度の運用方法について注意が必要です。
残業代の消滅時効が完成している
4つ目は、残業代について消滅時効が完成しているので支払い義務が無いという反論方法です。残業代は給与支給日の翌日から起算して2年で消滅時効が完成し、消滅時効の完成を根拠に会社側の反論を認めた例は多いです。
請求された期間全ての消滅時効が完成している必要は無く、請求された残業代の一部分であっても消滅時効が完成している場合はその期間については消滅時効を主張し、支払い賃金の減額が可能です。
管理監督者の役職に就いている
最後に、残業代の請求者は管理監督署の役職についていることを理由とした反論方法です。管理監督者の地位にある従業員や、実質的にその権限を有している従業員から残業代の請求があった場合、労働基準法41条により管理監督者であることを根拠にして残業代が発生しないことを主張することができます。
残業代を請求した当該従業員が管理監督者か否かの判断は、「管理職と管理監督者のそれぞれ違いについて」を参照してください。管理監督者から残業代を請求された場合の具体的な反論方法については以下で解説していきます。
管理監督者から残業代を請求された場合の反論方法
管理監督者であり、残業代支払いの対象にならないことを主張する必要があります。残業代を請求した従業員が管理監督者であることを主張する根拠は主に3つあります。
従業員の管理監督者性を主張する根拠
・事業経営や労務管理に関して指揮監督権限が認められている
・出退勤等の労働時間についてある程度自由である
・残業代が支払われなくとも役職にふさわしい賃金上の待遇を受けている
事業経営や労務管理に関して指揮監督権限が認められている
採用、解雇、人事考課、及び労働時間の管理の実務についていると判断できる従業員には管理監督者性が認められるとして残業代の支払いを否定することが可能です。
実際に労務管理、指揮監督権限を行使していない場合であっても、実質的に権限が与えられておりいつでも行使可能である場合は、労働者の管理監督者性が認められるケースがあります。
出退勤等の労働時間についてある程度自由である
管理監督者は、労働基準法に定める労働時間、休憩及び休日に関する規制を超えて活動しなければならない企業経営上の必要性が認められます。
出退勤や労働時間について自由裁量の権限があり、厳格な制限を受けてない従業員については労働時間の自由裁量を根拠に管理監督者であると主張することができます。
残業代が支払われなくとも役職にふさわしい賃金上の待遇を受けている
労働基準法41条の定めるところの管理監督者であっても、深夜労働の割増賃金については賃金支払いの義務が生じます。
ただ、その場合であっても役職手当によって一般労働者よりも高く十分な基本給が支給されていたり、固定残業代や特別調整手当により時間外労働や深夜労働について包括するに十分な手当が支給されている場合は必ずしも企業側に時間外労働賃金の支払い義務が生じるは言えません。
管理監督者ではなく管理職に過ぎない場合は残業代を請求できる
ここで管理監督者ではなく単なる管理職から残業代を請求された場合にも触れておきます。以下のような管理監督者としての実質的な権限を有しない管理職の従業員から残業代の請求を受けた場合は、ほとんどの判例で従業員側の請求が認められ、会社側に未払い状態となった残業代の支払い義務が生じます。
管理監督者の特徴
・事業主の経営への参画や労務管理に関する監督権限がある
・自己や部下の労働時間について裁量権がある
・一般の従業員と比較してその地位相応の賃金上の処遇を受けている
部長や課長等の管理職であることを理由に残業代を支給しない旨の就業規則を設けている場合であっても、労働基準法41条で定める管理監督者には該当しないことから、一般労働者同様に残業代を支払う必要があります。
残業代の請求をされた結果、敗訴して損害遅延金についての支払い義務が追加で生じないためにも、管理監督者と管理職の区分を明確にし、管理監督者として残業代を支給しない場合にはその性質を肯定し得る実質的な権限を付与する等の対策が必要です。
管理監督者としての性質が肯定された判例
では次に、管理監督者としての性質が認められるとして従業員側の残業代請求が否定された判例を見ていきましょう。
世間では名ばかり管理職が問題となっており、ほとんどの場合は単なる管理職に過ぎず管理監督者に当たらないとして残業代の請求が認められる判例が多いですが、これまで紹介してきた管理監督者としての権限を従業員側が有している際には残業代請求が棄却されています。
徳洲会事件
この判例は人事第二課長として主に看護婦の募集業務に従事していた従業員が、労働基準法の定めるところの管理監督者の地位にはなかったとして、時間外労働、休日出勤、深夜労働にかかる割増賃金を請求した事例です。
裁判所はこの請求に対し、原告には以下のような管理監督者としての性質が認められるとして請求を棄却しています。
本判例での棄却理由
・看護婦の採否の決定や配置等労務管理について経営者と一体的な立場にあった
・出退勤時にタイムカードの打刻義務はあったものの、拘束時間の長さを示すだけにすぎず、実際の労働時間は自由裁量に任せられていたことに加え、厳格な制限を受けていなかったこと
・時間外手当の代わりとして責任手当や特別調整手当が支給されていたこと
管理監督者と判断するに十分な要素があることから、労働基準法41条に定められる「労働時間等に関する規定の適用除外」に当たり、深夜労働を含む包括的な時間外手当も支給されていることから、時間外労働、休日出勤、深夜労働にかかる割増賃金の請求権も発生しないと判断されました。
判例:1987年3月31日 大阪地方裁判所 時間外賃金請求事件
日本ファースト証券事件
この判例は証券会社を退職した支店長が休日出勤に対する時間外割増賃金とその他の損害に対して損害賠償を請求した事案です。
裁判所はこの原告の請求に対し、休日出勤に対する時間外割増賃金の請求について原告には以下のような管理監督者としての性質が認められるとして棄却しています。
本判例での棄却理由
・30名以上の部下を統括する地位にあること
・事業経営上重要な上位の職責にあったこと
・支店の経営方針を定め部下の指導監督権限を有していたこと
・実質的採否権や人事考課の裁量権を有していたこと
・労務管理の担当者であったこと
・給与も店長以下の従業員より格段に高かったこと
これらの実務的要素や賃金の処遇から、裁判所は経営者と一体的な立場にある管理監督者としての性質が認められると判断を下し、労働基準法41条に定められる「労働時間等に関する規定の適用除外」に当たるとして会社側には割増賃金に支払い義務は無いとしました。
判例:2008年2月8日 大阪地方裁判所 損害賠償等請求事件
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管理監督者としての性質が否定された判例
次に、管理監督者としての性質が否定され、労働者側の残業代請求が認められた判例を紹介します。店舗の採用権限や労働時間の自由裁量が与えられている場合であっても経営者と一体的な立場かどうか、自由裁量が認められる労働環境であったかどうかでも管理監督者性は判断されます。
日本マクドナルド事件
この判例は就業規則において労働基準法41条の管理監督者として扱われているマクドナルド直営店の店長が、会社に対して過去2年分の割増賃金の支払い等を求めた事案です。
本件店長は、アルバイトの採用や勤務シフト決定の権限を有し、店舗運営についての重要な職責を負っていることは認められるが、以下の理由により管理監督者性が否定されています。
本判例での管理監督性否定理由
・店舗内では重要な職責を負っていると言えるが、その権限はあくまでも店舗内に限られており、企業経営上の経営者と一体的な立場での権限が付与されているとは言い難いこと
・賃金実態も管理監督者の待遇としては十分とは言い難いこと
ここでポイントとなることは、パート・アルバイトの採用についての決定権がある店長職であっても、その権限が限られており企業経営上の経営者と一体的な立場ではないことで管理監督者性が否定されている他、長時間労働を余儀なくされる等の労働時間に関する自由裁量性が実質的に認められないということです。
判例:2008年1月28日 東京地方裁判所 賃金等請求事件
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まとめ
管理職の従業員から残業代を請求された場合の反論方法は、従業員が単なる管理職なのか管理監督者なのかが大きなポイントとなります。
単なる管理職の従業員から請求された場合は、主張する労働時間や残務内容が正しいかどうか、固定残業代として支払い済みではないか、消滅時効が完成しているかどうかを確認して反論すると良いでしょう。
また、管理監督者から残業代を請求された場合であっても、しっかりと管理監督者性を示す根拠を主張し、残業代請求に反論するようにしましょう。
従業員による残業代請求が起こらないためにも、割増賃金についての就業規則や募集要項を見直し、弁護士監修のもと就業規則を定める等の対策をすることが必要となります。