事業を運営するということは会社組織を運営することに他なりません。
その会社組織では従業員が働いて実際の業務を遂行しています。
業務に関連して従業員が病気にかかったりケガを負った場合、労働に起因する災害として「労働災害(労災)」に該当する可能性が出てきます。
労働災害が起きると、従業員を雇用する企業側に様々な影響を及ぼします。
手続き的な一定の手間が発生するほか、他にも負の影響が色々と及んできますので、本章では企業側の目線で労働災害が起きるとどうなるのかについて解説していきます。
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- 労働災害(労災)発生時の対応概観
- 労働災害(労災)の被災者が受診する病院に書類を提出する
- 労働災害(労災)について労基署や警察の捜査に対応しなければならない
- 労働災害(労災)について会社や上司、事業主などが刑事責任を負う可能性が出てくる
- 労働災害(労災)について会社に責任がある場合は賃金差額の補償が必要
- 労働災害(労災)について損害賠償請求を受ける可能性がある
- 労働災害(労災)で被災した従業員の解雇が制限される
- 労働災害(労災)で労災保険料が上がる可能性がある
- 労働災害(労災)で行政処分の対象になる可能性がある
- 労働災害(労災)で指名停止措置を受ける可能性がある
- 労働災害(労災)で社会的な制裁を受ける可能性がある
- まとめ
労働災害(労災)発生時の対応概観
労働災害は、会社側が注意義務を怠っていなくても起きる可能性があるものです。
積極的に安全衛生面の配慮をしていても、不幸ながら起きてしまう可能性がありますから、万が一の場合の現場対応について、厚生労働省の指針を基に全体像を確認します。
二次災害の発生を防ぐ
大きな災害が起きて従業員がケガ等を負うと、周囲の人も慌てて駆け寄るなどして二次災害につながることもあります。
現場の種類にもよりますが、まずは落ち着いて、派生被害が生じないようにします。
必要な現場対応を行う
災害現場では概ね以下のような対応が必要になります。
・被災者の救護・病院への搬送
・必要に応じて警察や労働基準監督署への連絡
・被災者の家族への連絡
労働基準監督署への届け出
被災者の休業が4日以上にわたる場合は、すみやかに労働基準監督署へ報告します。
休業がそれ以下の場合は四半期にまとめての報告で構いません。
再発防止策の検討と実施
今回の労災がなぜ起きてしまったのか検証し、今後同じ災害が起きないように設備を改善したり、作業手順を見直したり、社内の安全教育の充実を図ります。
以上が所管庁である厚生労働省が示す対応フローですが、実際にはこの他にも色々と手続きが生じたり、会社に様々な影響が及んできます。
次の項から見ていきましょう。
労働災害(労災)の被災者が受診する病院に書類を提出する
個人がケガや病気をした場合、通常は健康保険を使って3割程度の負担で病院を受診することができます。
労働災害によるケガや病気の場合、健康保険を使うことはできず、労災のシステムを介して受診することになります。
被災者は無料で加療を受けることができますが、必要な手続きを取らなければいけません。
病院側に提出する書類ですが、これは被災者が受診する病院が労災保険指定医療機関か否かで異なります。
労災保険指定医療機関の場合は以下を用います。
「療養補償給付たる療養の給付請求書(様式第5号)」
https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken06/dl/yoshiki05.pdf
労災保険指定医療機関以外の病院を受診した場合は以下を用います。
「療養補償給付たる療養の費用請求書(様式第7号1)」
https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken06/dl/03.pdf
なお労働災害には業務上の災害の他に一定の通勤災害も含まれます。
通勤災害の場合で労災保険指定医療機関を受診する場合は以下を用います。
「療養給付たる療養の給付請求書(様式第16号3)」
https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken06/dl/yoshiki16-3.pdf
通勤災害の場合で労災保険指定医療機関以外の病院を受診した場合は以下を用います。
「療養給付たる療養の費用請求書(様式第16号の)」
https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken06/dl/07.pdf
労働災害(労災)について労基署や警察の捜査に対応しなければならない
重大な労災事故が発生した場合、労基署およびケースによっては警察の捜査を受けることになります。
捜査に対しては真摯に協力する姿勢で臨まなければなりません。
ちなみに労基署は同じ労働行政でも職業安定所と違い、名前に「署」が付いていますね。
これは労働基準監督署、もっといえば中で働く労働基準監督官に警察と同じような一定の強制力を持つ捜査権限が付与されているということです。
労働安全衛生法などに違反する事案があれば、労働基準監督署から必要な是正措置を求められたり、重大な事件であれば検察に送検されることもあります。
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労働災害(労災)について会社や上司、事業主などが刑事責任を負う可能性が出てくる
送検された場合、刑法に定める刑事罰の適用を受ける可能性が出てきます。
この場合、罰を受ける対象は会社法人だけでなく、被災者の上司や現場責任者、事業主などにも広がります。
直接現場で指揮していた上司ではない事業主も、災害が起きやすい状態を放置していたなどの責任があれば、刑事責任を追及されることがあります。
労働安全衛生法経由によるか、業務上過失致死傷など刑法経由によるかで具体的な刑罰は変わってきますが、罰金だけでなく懲役刑になる可能性もあります。
労働災害(労災)について会社に責任がある場合は賃金差額の補償が必要
労災事故によって被災者が休業を余儀なくされ仕事に出られない場合、労災保険から休業補償給付として賃金の6割相当が支払われます。
加えて休業特別支給金として賃金の2割程度が給付されるため、被災者は計8割程度の賃金相当額の支給を受けられます。
残りの二割については、会社側に責任がある労災事故の場合、会社が補填しなければなりません。
労働災害(労災)について損害賠償請求を受ける可能性がある
労災保険の給付は労働保険のシステム上で給付されるものですが、これとは別の次元の話として、被災した従業員から損害賠償責任を追及される可能性もあります。
前項でお話しした、会社側に責任のあるケースでの賃金補填も一種の損害賠償ですが、「損害」というのはもっと幅広くとらえることが可能で、被害を受けた側の立場としてはこれを可能な限り広くとらえて様々な損害について賠償責任を追及することが可能です。
そのため損害賠償責任を問われる会社側としては、この点を注意しておかなければなりません。
例えば、労働災害によるケガで後遺症を負ってしまった場合、その後の稼働力が落ちる分、収入も減ってしまいます。
本来得られるはずの収入(利益)を失ってしまうことになり、これを「逸失利益」といいます。
逸失利益が生じる場合はこれも一つの損害ですので、賠償請求の対象になってきます。
また金銭的な損害とは別に、精神的な損害に対する慰謝として慰謝料を請求してくることも考えられます。
労災自体は会社側に責任がないケースでも認定されることがありますが、損害賠償については会社に落ち度がない場合には責任は生じません。
仮に会社側に安全配慮義務などで過失が認められる場合でも、必ずしも会社側が損害の全額を賠償しなければならないわけではありません。
従業員側にも過失がある場合は、過失相殺によって会社側の負担を軽減させることもできます。
被災した従業員側と会社側は利害が対立する正反対の立場になることが多いので、実際にはすぐに話し合いで決着がつかないかもしれません。
そうした場合には弁護士が間に入ることで話がまとまりやすくなります。
損害賠償についてはできるだけ会社側の負担を軽減できるように、上手な示談交渉が求められます。
なお、損害賠償への対応については民間で販売している保険商品もあります。
使用者責任賠償保険などがそれで、労働災害によって雇用する従業員に対して法律上の損害賠償責任を負った場合に、一定の保険金が支払われるものです。
保険に入っておけば、労災事故が起きた際の従業員に対する賠償金の原資として利用することができます。
労働災害(労災)で被災した従業員の解雇が制限される
日本の労働法は基本的に労働者保護の度合いが強いものになっており、労働基準法もその中核をなす法律です。
同法では、業務上の災害によっておきた労災事故の場合、被災した従業員を保護するために一定期間解雇することができないと定めています。
治療を受けるための休業期間中、および当該期間終了後30日間は、原則として被災従業員を解雇することができません。
会社にとっては非稼働者を解雇できないために一定の重荷になりますが、以下で解雇制限がかからないケースについて見てみます。
通勤災害の場合
一つは通勤災害による場合です。
通勤途中に発生した災害は、業務上の災害と扱いの面で一部違いが出てきますが、解雇制限については業務上災害のみが適用対象ですので、通勤災害の場合は解雇制限は発生しません。
通勤災害も業務上災害もどちらも労働災害ですが、どちらに該当するのかは個別のケースで微妙な判定が求められることも多いです。
判断に迷う場合は専門家の助言を得るようにしてください。
治癒後30日経過した場合
病気やケガが治癒してから30日経てば、解雇制限はなくなります。
ここでいう「治癒」とは、一般の感覚とは多少異なります。
腹痛が治る、風邪が治るようなイメージではなく、必要な加療が終わり、症状が固定してそれ以上の回復は見込めない状態になることを「治癒」と表現します。
この状態になってから30日経てば解雇制限がなくなります。
打ち切り補償を支払う場合
治療による休業が長期にわたる場合、解雇制限を金銭で解除することも可能です。
治療開始から3年経ってもなお治療が終わらない場合には、対象従業員の平均賃金の1200日分を支払うことで解雇制限を解除することができます。
定年による場合
就業規則で定めた定年に達した場合、休業期間中であっても定年退職として扱うことができます。
雇用期間の満了
期間雇用の形態で雇っている従業員の場合、当該期間が経過すれば休業中であっても雇用期間満了の扱いにすることができます。
ただし期間雇用については近年労働者保護の意識が高まる中、労働契約法によって不当な雇い止めを阻止するルールが強まりつつあります。
労働契約法19条に定めがありますが、一定の条件下では期間満了による雇い止めができなくなることもあるので、事前に専門家に相談することをお勧めします。
傷病補償年金を受けている場合
被災従業員に非常に重い障害が残り療養が長期にわたる場合、傷病補償年金という種類の年金の支給を受けられます。
治療を開始してから3年を経過した時点で傷病補償年金を受給している場合は、解雇制限が解除されます。
当該年金の受給によって十分な補償が受けられたと考えるからです。
やむを得ない事情による事業の継続不可
天災などやむを得ない事情で事業の継続ができなくなった場合も解雇制限が解除されます。
ただしこの場合は労働基準監督署の認定を受ける必要があり、単なる経営不振などは対象になりません。
労働災害(労災)で労災保険料が上がる可能性がある
常時100人以上の従業員を雇用するなど一定の条件を満たす企業は、「メリット制」の適用を受けます。
労災保険料は業種ごとに分けられて保険料が設定されていますが、同じ業種でも事業主が災害発生を防ぐために努力している企業とそうでない企業では労災の発生率が違ってきます。
努力している事業主はそうでない事業主よりも保険料を低くできるのがメリット制ですが、労災事故を起こしてしまった場合、労災保険料が上昇することがあります。
保険料の変動は原則として最大40%です。
メリット制について詳しくは以下で確認できますが、非常に細かいルールになっています。
必要に応じて専門家に助言を求めてください。
https://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/06/s0614-4a.html
労働災害(労災)で行政処分の対象になる可能性がある
刑事罰や損害賠償責任とは別に、営業停止などの行政処分を受ける可能性もあります。
許認可事業などが続けられなくなる可能性があり、経営面で重大な影響が出てきます。
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労働災害(労災)で指名停止措置を受ける可能性がある
自治体からの業務発注を受ける事業の場合、労災事故を起こすことで自治体から指名停止措置を受ける可能性があります。
要するに仕事を発注しないということですから、収益が途絶える一大事です。
労働災害(労災)で社会的な制裁を受ける可能性がある
会社側に責任のある重大事故を起こした場合、その事実が報道されるなどして広く一般に知られることになります。
これを受けて、エンドユーザーの顧客が離れてしまったり、ビジネスパートナーが取引に応じてくれなくなるなどの事態につながる可能性があります。
クレームにより対応に追われる手間を生じることもあるかもしれません。
最近ではネットが普及したため悪評が一気に拡散してしまう傾向があるので、社会的制裁を受けやすくなっています。
まとめ
本章では労働災害について取り上げ、事故が起きてしまった場合にどうなるのか、考えられる影響や会社としてどのような責任が問われるのかについて見てきました。
災害発生の一次対応では、慌てずに二次被害への拡大を防ぎつつ、落ち着いて行動することが大切です。
会社としては順次必要な手続きに追われることになりますが、法的な責任が発生しそうなケースではたとえ被災従業員との関係がそれまで良好であったとしても、念のため弁護士など法律の専門家に相談しておく方が安心です。
労働分野では社会保険労務士という専門家もいますが、基本的には対労働行政が専門であり損害賠償責任等法律全般に詳しいわけではありません。
手続き的な面の相談は社会保険労務士でも構いませんが、法的な責任が問題になりそうなケースでは、やはり弁護士が相談相手に最適です。