労働審判制度とは
労働審判とは平成18年4月に開始した裁判所での手続きで、労働者と会社間での労働問題を迅速かつ適正に解決するためのものです。
労働審判の概要
労働審判は賃金未払いや不当解雇のような労働者と会社間の労働問題を迅速かつ適正に解決することができる制度です。原則3日以内の期日で労働審判は終了し、かかる日数も平均約80日と通常訴訟よりも短い期間で審判が行われます。
施行当初である平成18年の申立て件数は約900件でしたが平成21年度以降は約3300~約3600件と4倍近くに増加しており、更に約8割の申し立てが労働審判によって解決に至っていることから、労働審判で審理されたほとんどの事件が調停・審判という形で解決しています。
未払い賃金や退職金の請求、不当解雇等の訴訟で争うほど複雑な事件ではないが係争利益が小さくはない事件の場合は非常に有効な審判手続きと言えます。
労働審判と通常訴訟の違い
労務問題を解決する際に訴訟を起こすという選択もありますが、労働審判と通常訴訟ではどのような違いがあるのか具体的に見ていきましょう。
労働審判 | 通常訴訟 | |
弁護士費用 | 通常訴訟より安価なケースも多い | 約60万円~100万円 |
審理期間 | 80.7日(約2.7ヶ月) | 14.5ヶ月 |
立証 | 日記やメモも判断材料となる | 事実を裏付ける証拠が必要 |
審理 | 非公開 | 公開 |
申立費用 | 通常訴訟の半額 | 訴訟額100万円の場合、1万円 |
法的強制力 | 有り | 有り |
先ほども触れたように労働審判の方が通常訴訟よりも短い期間で審判が下されることが分かります。弁護士費用は弁護士事務所によって異なりますが、審理期間が短く立証にかかる労力も通常訴訟より負担が軽いことから、相談料や日当料金が比較的安く済むと考えられます。
通常訴訟では審理内容が公開されるのに対して、労働審判は非公開で審理が行われるのでプライベートを保てるというメリットもあります。
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労働審判の流れ
それでは労働審判を申し立てて労務トラブルを解決するまでの流れを解説いたします。
申立て
労働者が裁判所に申立書と証拠書類を提出して、労働審判の申立をします。裁判所は提出された申立書と証拠書類から申立は適法であるかどうか判断し、不適法であると認めた場合は申立てを却下します。
申し立てが認められると、裁判所が労働審判官と労働審判員を指定して労働審判委員会を組織します。申立書の受理から40日以内に第1回労働審判期日が指定され、裁判所より呼出状が会社側へ送付されます。
証拠書類は申立ての段階で全て揃えて提出するのが原則です。証拠として必要な資料は以下のようなものがあります。
証拠として必要な資料
・賃金規定
・給与明細
・就業規則
・雇用契約書
・解雇通知書
・解雇理由書
・タイムカードや業務日誌など残業時間を確認できるもの
会社側の準備
呼び出し状を受け取った会社側は、同封された申込書や証拠書類の内容を確認して第1回期日のおよそ一週間前までに答弁書を作成し提出します。原則として追加書面の提出は認められないので、答弁書作成の段階で出来る限りの主張と証拠の提出が必要となります。
提出された答弁書は第1回期日の約一週間前に相手方からの反論として申し立てをした労働者へも提示されるため、答弁書や反論の証拠をよく読み込んでから第1回期日に臨むと良いでしょう。
審理(第一回期日~第三回期日)
第1回期日
第1回期日では、事前に提出された申立書・答弁書・証拠等をもとに争点と証拠の整理、関係者への証拠取り調べが行われます。審理は裁判官1名、労働審判員2名で行われ、その他に申立者本人とその弁護士、会社側の管理者とその弁護士が出席します。
提出された書類をもとに裁判官や労働審判員が申立者や会社側の出席者に直接質問等をして、事実関係や主張の有効性を審理します。第1回期日で話がまとまれば調停成立となることもありますが、話がまとまらない場合は第2回期日へと持ち越されます。この時に次回期日と次回期日までに各当事者が準備するもの等を労働審判員から告げられ、第1回期日が終了となります。
第2回期日
第2回期日では前回期日で事実関係の整理が完了していない場合、労働審判委員会から再度当事者へのヒアリング等が行われます。争点整理や話し合いの段階で話がまとまり、双方が調停案に納得できたら調停成立となりますが、第2回期日でも合意が得られない時は第3回期日へと持ち越されます。
第3回期日
第3回期日でも第2回期日と同様に労働審判委員会により再度当事者へのヒアリングや話し合いからの調停案が提示されます。ここで双方が合意し調停が成立すれば労働審判委員会により調停調書が作成されます。第3回期日でも調停が成立しない場合は、労働審判委員会から審判が下されます。
調停成立
第1回期日~第3回期日での審理中に、労働審判委員会から提示された調停案に 当事者双方からの合意の意思が確認された場合は調停成立となります。調停成立には裁判上の和解と同一の法的効力が認められます。
労働審判
第3回期日までの間に双方合意に至らず調停不成立となった場合は労働審判委員会が判断し、労働審判が下されます。審判には裁判上の和解と同一の法的効力が認められ、審判に異議が無い場合は審判成立となります。
異議申し立てがある場合は通常訴訟に移行
審判に納得がいかない場合は異議申し立てを行うことができます。異議のある当事者のどちらか一方が通知又は告知から2週間以内に書面で異議申し立てを行うと、労働審判は効力を失い、労働審判申立て時に労働裁判が提起されたものとみなされます。労働審判の申立書も訴状と同一のものとみなされ通常訴訟へ移行します。
通常訴訟へ移行する際は労働審判で使用した記録等は引き継がれないため、必要な証拠書類や主張内容を記載した書面を改めて裁判所へ提出する必要があります。
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労働審判に適した労務問題
労働審判には労働審判での解決に適した労務問題というものがあります。基本的に労働者としての権利や利益に関する争いにおいて申し立てられることが多く、そのほとんどが賃金、退職金、解雇に関するもので全体の8割以上がこれらの問題です。
雇用に関するもの
・正社員等の不当解雇
・契約社員等の不当な雇止め
・退職強要や退職勧奨
典型的な例を挙げると、会社から突然解雇を言い渡されたり、契約社員が理由無く更新を拒否され解雇されるケースがあります。解雇処分に納得がいかない場合に労働者が解雇の無効を主張して従業員としての地位の確認を求めるものです。
賃金に関するもの
・未払い残業代やサービス残業代の請求
・未払い退職金・賞与の請求
・不当な降格や減給
・会社の経営不振を理由とする未払い賃金の請求
賃金に関するものでは、先ほど雇用に関するもので挙げた不当解雇とあわせて請求する場合と、従業員として会社に在籍しながら未払い賃金の請求を行う場合があります。
残業代の請求時には残業に費やした労働時間の立証が必要であり、タイムカード、業務日誌、パソコンの起動時間等で証拠を集めます。労働時間の管理が杜撰で立証に必要な証拠が揃わない場合でも、労働者本人の日記やメモ、同僚からの証言も証拠として有効となることがあるため、最初から請求が無理と諦めずに証拠を集めましょう。
労働審判に適さない労務問題
労働審判では全ての労務問題について労働審判を申し立てることができるというわけではありません。申立書を裁判所に提出しても、提出された申立書と証拠書類が労働審判に不適法であると裁判所で判断された場合は申立てが却下されます。どのような労務問題が労働審判に適さないのか具体的に見ていきましょう。
パワハラ・セクハラなど対個人の問題
パワハラ・セクハラ被害により会社で精神的な苦痛を受けた場合は争点整理や証拠立証が複雑なケースが多く、 労働審判手続では迅速かつ適正な解決のために適さないと判断されることもあります。
また、パワハラ・セクハラの加害者個人を労働審判で直接訴えるということはできません。このような対個人の労務問題は訴訟によって解決する方が望ましいと言えるでしょう。
賃金交渉
賃金に関するトラブルであっても、「給与を上げてほしい」等の証拠や交渉材料の立証が難しいものは労働審判での解決は適さないです。「不当に賃金を減額された」、「募集要項の最低保障額よりも少ない」等の実質的な被害に遭っている場合を除き、昇給がなされないことに不満があるというような単なる賃金交渉では申立てが却下される可能性が高いでしょう。
労働組合と会社の争い
労働審判法第一条では「個々の労働者と事業主との間に生じた民事に関する紛争」において審判を行うと定められており、労働組合は「個々の労働者」に当たらないため、労働審判の申立てをすることはできません。
公務員は対象外
公務員は国家公務員法や地方公務員法に基づいて登用されているため、民間の労働者とは立場が異なり、労働基準法や労働組合法、労働関係調整法の労働三法の適用がありません。労働審判も同様に、公務員と国や自治体との紛争は民事に関する紛争に該当しないものとして対象外になります。
労働審判を申し立てるメリット
労働審判が労働問題を迅速かつ適正に解決するために適していることは説明した通りですが、労働審判を申し立てることで得られるメリットを具体的にみていきましょう。
通常訴訟よりも迅速に解決できる
会社との労務問題を解決するために労働審判を申し立てる一番のメリットは迅速に解決できるということです。 労働審判と通常訴訟の違いでも述べたように、労務問題を解決するためにかかる平均日数は通常訴訟では14.5ヶ月、労働審判では80.7日(約2.7ヶ月)とかなりの差があります。労働審判を申し立てた場合は通常訴訟の約5分の1の日数で解決することができます。
通常訴訟よりも費用を抑えることができる
労働審判の申立てから問題解決までにかかる諸費用は通常訴訟よりも安く済ませることが可能です。弁護士費用は弁護士事務所により料金設定が異なりますが、解決までにかかる日数が短いので、その分の相談料や日当料が通常訴訟の場合よりも安くなります。
更に通常訴訟の場合と異なり、自身のメモや同僚の証言も証拠立証に有効で労力があまりかからないことも費用を抑えられる要因となります。
労働問題に対して専門性が高い
労働審判委員会は審判官一人と審判員2人で構成され、何も労働問題を得意とする専門性の高い人物が事件を担当します。事実を裏付けるしっかりとした証拠を集められなかったり、きちんと証言ができなかった場合であっても、労働環境などを考慮しそれぞれの事案に対して適切な解決方法を模索してくれます。
弁護士をつけずに個人で申し立てることも可能
労働審判では労働審判委員会が審理を主導して進めてくれるため、弁護士をつけない場合であってもある程度のサポートを受けることができます。
会社の対応の違法性が明らかであったり不適切であることが客観的に判断できる事案や、それを裏付けるのに十分な証拠が揃っている場合は 弁護士をつけなくても労働審判委員会が主導してあり得べき判断を下すことを期待できます。 弁護士をつけずに個人だけで申立てて勝つ可能性もあるということです。
審判内容は強制執行できる
労働審判での話し合いによりまとめられた調停や審判には強制執行力が認められます。未払賃金が争点の場合、会社側が支払い義務を履行しない時は労働者側は調停調書や審判書により会社の資産や債権等を差し押さえることができます。
未払賃金や残業代、退職金などの金銭的な労務トラブルの場合は確実に解決金を回収できるということになります。
労働審判を申し立てるデメリット
迅速かつ適正に解決できるメリットが多い一方で少なからずデメリットも存在します。
異議申し立てがされると訴訟に移行する
第3回期日が終了して労働審判が下された時に、異議申し立てもされると通常訴訟に移行します。労働審判の流れでも説明した通り、異議申し立てがされると労働審判は効力を失ってしまいます。
さらに労働審判で使用した記録等も引き継がれないため、訴訟に必要な書面を改めて裁判所へ提出する必要があるだけでなく、場合によっては通常訴訟で有効と認められるための証拠を集め直さなくてはいけないケースもあります。
弁護士をつけている場合は通常訴訟に移行した後も弁護士への依頼を続けることになるため、弁護士費用も高額になってしまう恐れがあります。
審判可能なケースが限られている
労働審判では全ての労務問題を解決できるわけではありません。対象も労働者個人と雇用主である企業とのトラブルに限られ、審判可能な事案も正社員等の不当解雇や未払い賃金の請求等、争点が明確で証拠も整理しやすいものに限られています。
また、公務員は労働審判を申し立てることができないため、不当解雇の疑いを労働審判で争うといったことはできず、通常訴訟を利用することになるでしょう。
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労働審判で有利になるためのポイント
申し立てられた事案の内およそ8割が調停や審判という形で解決に至っていますが、中には訴訟へ移行するケースも少なからず存在します。
双方ともに異議申し立てをすることなく有利な条件で労働審判を終了させるにはどのようなことに気を付けたら良いのか、そのポイントを解説いたします。
申し立て準備を綿密に行う
労働審判では申立てが受理されてから、審判官は申立て時に提出された資料や証拠をもとにその後の期日での話し合いをし、法的な判断を行います。
申立ての段階から審判を見据えた主張や立証を行わないと不利な審判をされてしまうので注意が必要です。不利な条件での調停定時や審判が下されたり、異議申し立てをして通常訴訟へ移行させないためにもしっかりと事前準備を行いましょう。
弁護士をつける
労働審判を申し立てて相手方に勝つためには労働審判は個人でも申し立てることができ、確かな証拠があれば弁護士をつけずとも勝つことも可能です。
しかし先ほども述べた通り、労働審判を有利に進めるためには申立て前の証拠整理や法的な主張の準備が必要になります。申立てを受けた企業は顧問弁護士がいる場合はもちろん、ほとんどの場合は弁護士に相談して対応することになるので、有利な条件で審判を進めたいのであれば弁護士を選任した方が良いでしょう。
まとめ
労働審判は未払い賃金の請求や不当解雇というような労働者と会社間のトラブルを迅速かつ適正に解決するための非常に有効な手段です。申立て可能な事案は限られていますが、証拠も集めやすく裁判を起こすよりも費用もかからないため、コストや労力を抑えて労務トラブルを解決することができます。
ただ短期決戦の労働審判は通常訴訟と異なり、調停や審判内容は申立て以前の証拠や主張をしっかり準備したかどうかに左右されます。少ない期日で有利に終わらせるためにも法律のプロである弁護士に相談し、異議申し立てによって通常訴訟へ移行しないようしましょう。