特に、中小企業、零細企業においては、適切にみなし残業代制度を導入していないために、未払賃金・退職金等が発生してしまっていることが多いです。
すなわち、対象会社としては、みなし残業代制度により、一定時間数の残業代が、各種手当、固定残業代として支払済みもしくは基本給に包含されていると思っているところ、法令上、実際には、みなし残業代制度導入の要件を満たしていないために、未払賃金・退職金等が発生していると評価されるケースが多い点について、留意する必要があります。
対象会社が、みなし残業代制度に基づき、定額の時間外手当を、基本給や他の手当と明確に区別した手当として支給したと考えていたとしても、みなし残業代制度については、①当該手当が実質的に時間外労働の対価としての性格を有していること、②定額残業代として労働基準法所定の額が支払われているか否かを判定することができるよう、その約定の中に明確な指標が存在していること、③当該定額の時間外手当が労働基準法所定の額を下回るときは、その差額を当該賃金に支払時期に精算するとの合意が存在するか、あるいは少なくともそうした取扱いが確立していること、という要件が不可欠とする裁判例(イーライフ事件、東京地裁平成25年2月28日判決)が存在しているため、対象会社において導入されているみなし残業代制度が適法かどうか慎重に検討する必要があります。
また、テックジャパン事件最高裁判決(最高裁平成24年3月8日判決)の櫻井裁判官の補足意見は、「便宜的に毎月の給与の中にあらかじめ一定時間(例えば10時間分)の残業手当が算入されているものとして給与が支払われている事例もみられるが、その場合は、その旨が雇用契約上も明確にされていなければならないと同時に、支給時に支給対象の時間外労働の時間数と残業手当の額が労働者に明示されていなければならないであろう。さらには、10時間を超えて残業が行われた場合には当然その所定の支給日に別途上乗せして残業手当を支給する旨もあらかじめ明らかにされていなければならないと解すべきと思われる」としており、対象会社において導入されているみなし残業代制度が適法かどうか検討する際には、この点も留意する必要があります。
なお、対象会社が、残業代が基本給に含まれて支払われていると考えている場合は、①基本給のうち時間外手当に当たる部分を明確に区分して合意し、かつ②労働基準法所定の計算方法による額がその額を上回るときはその差額を当該賃金の支払日に支払うことを合意した場合のみ、その部分を残業代と評価できるとする判例(高知県観光事件、最高裁平成6年6月13日判決)があり、対象会社において導入されているみなし残業代制度が適法かどうか検討する際には、この点も留意する必要があります。
すなわち、事業承継M&Aの対象会社である中小企業、零細企業においては、実際に、残業代が、定額の時間外手当として支給されている場合、上記要件を満たさない場合がしばしば見られるため、対象会社の雇用契約書・就業規則(賃金規定を含む)、賃金台帳、給与明細等を確認する必要があります。
みなし残業手当の支給が有効な時間外手当の支給と認められるためには、裁判例上、①当該手当が実質的に時間外手当の対価としての性格を有すること、②定額残業代として労働基準法所定の額が支払われている否かを判定することができるよう、その約定(合意)の中に明確な指標が存在していること、③当該手当が労働基準法所定の時間外手当の額を下回る時は、その差額を当該賃金の支払い時期に精算するという合意が存在するか、あるいはそうした取り扱いが確立されていることが要件となります。
これに鑑みると、多くの会社においては、就業規則上も、個別の内定通知書上も、役職手当が「みなし残業代」である旨は一切記載されておらず、②の要件を満たさないことが明らかであり、時間外労働時間の時間管理もなされておらず、結果として、③当該手当が時間外手当の額を下回る時においても、この差額の支給を支払うという取り扱いになっていないケースが多いです。
このような状況下においては、①の要件がみたされているかを検討するまでもなく、役職手当の支給をもって、「みなし残業代」の支給とみなすことはできないということになります。
よって、このような会社においては、労働者が時間外労働を行っているにもかかわらず、これに対応する賃金を一切支払っていない場合、役職手当が支給されていても、会社においては、未払い賃金が発生していると考えられる点、留意する必要があります。
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